疎開生活絵巻
戦争を次世代にどう伝えていくか――地域出版に携わっている者として、考え続けていることの一つです。
これまで岡山空襲資料センターのブックレットや空襲の記録を掘り起こしてきた日笠俊男さんの本を出してきたのも、そういった思いからです。
2015年夏に刊行した石田米子『疎開生活絵巻』は、1945年の終戦の前後を、疎開先の新潟県南魚沼市で過ごした少女による絵の記録です。
少女は、先生がすすめるまま当時の暮らしぶりを描きました。
そこには、空腹や下痢、シラミに悩まされながらもたくましく日々を生きる10歳の少女の姿と時代、そして人々の暮らしに対する感性がにじみ出ています。
同時代を過ごした人々には懐かしく、当時を知らない世代にとっては貴重な資料となりました。
私たちは、絵本(絵巻)を通して、少女に映った戦中・戦後の疎開生活を追体験できるのです。
著者は、このように語っています。
「私のその後70年の人生は、この「戦後」とともに始まったと思います。いま、心の底から思うことは、戦争という殺人・破壊は、子どもにとっても人びとにとっても、どこからそういう事態に自分が巻き込まれたのかわからない日常の連続の中で起こること、どんな戦争の時代にも人びとや子どものいきいきした日常はあるけれど、その自分の日常だけからは見えない、想像できない他者の命や生活の破壊を、戦争ほど大量に無残に生みだすものはないということ、です。この拙い子どもの絵が、みなさんが戦争というものに、いま、真剣に向きあい、どんなことでも語り始めるきっかけになればと思います」
この本を出版するにあたっては、もう一人大切な人のことも記録しておかなければなりません。
本書を企画し、吉備人出版に刊行を依頼してきた横田悦子さんです。
この本が刊行された2015年10月10日、62歳の若さで亡くなった岡山県議会議員であり、プーさん文庫のメンバーとしてそれまで何冊もの本を一緒につくってきた大切な友人です。
横田さんと初めて会ったのは、ぼくがまだ生活情報紙の編集者をしていたころ、プーさん文庫の犬飼明子さんの自宅だったと思います。
吉備人出版を始めてからは、ベストセラーになった『絵本のあるくらし』(プーさん文庫・編/1998年)の編集の中心的役割を担ってくれ、その後も『あかちゃんの絵本箱』(子どもと本ーおかやまー編集委員会・編/2001年)、『すてきな絵本タイム』(佐々木宏子と岡山プー横丁の仲間たち・編)を出版してきました。
岡山市会議員から県議会議員になり、忙しいなかを突然事務所に顔を出しては、いつも楽しい話を振りまいてくれました。
突然襲った進行する病気と闘いながら、2015年の夏前「この絵を出版できないか」相談に小社を訪ねてきてくれました。
本が出来上がる直前の8月5日には移植治療を行い、病床で本の完成や刊行後の小学校への寄付などの段取りを心配していたそうです。
本書の完成を待ち、多くの人の心に願いが届いたことを見届け、天国へ旅たちました。
刊行から丸6年。この秋横田さんの7回忌を迎えます。
戦争を二度と繰り返さない――横田悦子さんのそんな思いが『疎開生活絵巻』には込められています。
(山川隆之)
「ここに描かれているのが10歳の石田米子という少女の目を通して見たあの時代の「集団学童疎開生活」の実相です。都会育ちの好奇心あふれる女の子には田舎の祭りや遊びや野山の動植物は大いにその感性を刺激したでしょうし、親の保護を離れた幼子には疎開先の大人や世話をする先生は大切な人であると共に怖い存在でもあったでしょう。食料難でろくな食べ物を食べさせてもらえなかった子供にはそれまでに食べた思い出の食べ物の数々は脳裏に焼き付いていたことが良く分かります。敗戦をどう受け止めるか大人たちの複雑な心境は少女の心にも厳粛なものとして投影したことでしょう」(刊行委員会のあとがきから)
本書の絵は、その後教科書副読本へも採用されて多くの小学生たちの参考になっています。